『おじさんのかさ』
おじさんのかさはくろくて、
ぴかぴかしていました。
けれども、おじさんはいちども
それをひらいたことがありません。
私との出会いは、小学校一年生の教科書だったと思います。その時は、おじさんのかさがうらやましくて、見れば見るほど「ぴかぴか」していました。
今思うと、ランドセルもふで箱も、名ふだも何もかもが「新品」で、気持ちまで新品。それでなのか、どうか、おじさんのことが「分かる分かる」と思って、妙に好きでした。
というと、その後もずっとこの本を身近に置いていた感じですが、マイブームが過ぎ去ると、不思議なくらいすっぽりと忘れていたのでした。
さて、もういちどひらいてみようと思ったのは、20年も経ってのこと。保母になる資格をとって、絵本が身近になったせいです。絵本は本当にたくさんありますね。大きな書店に行くと、いろいろ目に入って、圧倒されてしまいます。
その中で見かけた、「あ」という感じでした。
そこには、何度も版を重ねていまだ「新品」なおじさんがいました。表紙はもちろん、ぴかぴか。そのぴかぴかを、最初手に取るのがこわいような気がしましたが、だんだん、なじみの顔が底に見えてくると、何とも言えずうれしくなってきました。
あめがふったら ぴっちゃんちゃん
あめがふったら ぽんぽろろん
ああ、そうだった。おじさんはそうやって歌いながら、家に帰ってきたんだな、と。
「あら、かさを おさしになったんですか」
奥さんにそう言われると…さあ、おじさんは、なんと言ったでしょう?
目をつぶって、椅子に腰かけ、そして玄関のぬれたかさをときどき見に行きます。その絵を見ながら、しばらく、私もにやにやしていたのでした。
私の置きがさも、こうして家に戻ったのでした。
「だいいち かさらしいじゃないか。」
――佐野洋子/文・絵、講談社1992年
文章 りょうま先生