『カエルの目だま』
日敏隆/文、大野八生/絵、福音館書店2011年
1月は新春とは呼ぶものの、正直なところ到底春とは思えないくらいに冬枯れの景色ばかりが目に入ります。道沿いの草も地上部は枯れ込んで、冷たい風に身をすくめるこの1、2月は寒空に小雪が舞う日もあります。ただよく見ると、園庭のモクレンが春を知らせる小さなつぼみをたくさんつけていますし、樹齢百年近くになろうとするサクラの木々も小さな固い花芽を枝じゅうにつけているのは事実です。園内に何本かあるビワの木を見上げると、5月〜6月に実をならせる小さな白い花が1月の今満開で、自然は確かに春に向かっていることを教えてくれています。
2月に入ると、水たまりのできる溝の周辺で、冬眠から目覚めたアカガエルがそっと潜んでいるのを子ども達が見つけることもあります。「なぜ、まだ寒いのに?」「なぜ、山の中にカエルが棲んでいるの?」と子ども達も不思議に思うようです。秋にいったん冬眠したアカガエルが、ちょうど12月〜3月の産卵の頃に、キュルキュルとこもった鳥のような声を出すことがあります。産卵を終えるとまた崖の土中にもぐり次は春眠に入ります。そうしてさらに季節はすすみ、やがて本当の暖かな春がやってきます。
さて今回の絵本通信は、この寒い季節の中にも健気に息づいているカエルが主人公の絵本をご紹介します。四年前の2009年に他界された動物行動学者の日敏隆先生自身が、22歳の若かりし大学生の頃に書いた文章が発見され、多くの人の力によって2011年に絵本になりました。
*** 「おいらの目だまをみにおいで! こなくちゃわからん、きてみなきゃ。 おれの目だまは世界一 こんなにりっぱでおおきくて、 キラキラひかって玉のよう こんなステキな目はないぜ! 水にもぐっているときも、 目だまはチャンと水の上、 なにがこようとよくみえる。 うらやましくはないのかね?」 ―トノサマガエルの目
絵は、日先生のエッセイの挿絵を描いてこられた大野八生さん。ページをめくるとキラキラ光る夏の池の真ん中に蓮の花が見えます。一匹のトノサマガエルがスイスイと泳ぎつき、嬉しそうにおおはしゃぎするところからお話は始まります。
メダカ、エビ、タニシなどが水中にいて、みんなカエルのことを注目しています。するとそこへ、目だまをグリグリさせた大きなギンヤンマが現れてトノサマガエルに対抗しはじめます。
〜中略〜 「おれの目だまはトビキリの とくべつせいの『複眼』だ。 小さな目だまがなんまんも よってこの目ができてんだ。」 ―ギンヤンマの目
と、小さな目だまが何万も集まって特製の目ができていることをギンヤンマは自慢するのでした。
暗くなった夕方に小さな虫をとれるのも複眼のお陰、子どもの持つ虫あみから体をサッと見事にかわすのも複眼のお陰だと主張します。
トノサマガエルとギンヤンマのかけ合いがつづきお互いに勝ち負けを争っていますが、今度はそばにいた小さなミズスマシが、まだ威張るのは早い、と二匹の前に飛び出したのです。
「きみのちっちゃな複眼のどこがいったいじまんだか?」とギンヤンマがミズスマシにたずねます。
〜中略〜 「そこでりょうほうみえるよに それぞれ左と右の目が だんだん二つにわれてきた。 上の目だまと下目だま。 だからぼくらの一ぞくは、 四つの目だまをもっている。 上の二つでそらをみて、 下ので水の中をみる。」 ―ミズスマシの目
何と、ミズスマシの左右上下の四つの目のいずれにも、池の中で咲いている水草の花が同じように全部映っている様子がユニークに描かれています。ミズスマシは、水の上からも下からも、鳥や魚やイモリなどの生き物にいつ命を狙われるかわかりませんから、こんなにたくさんの目をもっているのだと説明しています。上の左右二つで空を見て、下の左右二つで水中をみているという訳です。
さて、この目だまくらべの結果、ギンヤンマのように複眼でもなく、ミズスマシのように四つ目こぞうでもないトノサマガエルはすっかりしょげかえり、とうとう蓮の葉の上で悲しくなって泣き出してしまいました。
はじめに自分の大きな目だまを自慢していたカエルでしたが、最後は同じ池のまわりに住んでいたチョウ、フナ、テントウムシ、ザリガニなどに逆に優しく慰めてもらう結果になったのでした。
「カエルの目だまはカエルの目、 とってもうまくできている。 ヤンマの目だまはヤンマの目、 こいつもうまくできている。 みんなそれぞれじぶんには、 チャンとあう目があるんだよ。…」 つづく〜
自分の目の自慢は何のためにもならないことに気づき、またみんながそれぞれ特別の大切な目を持っていることがわかり、「ごめんなさい」とカエルはみんなに謝るのでした。 仲直りしたあと、みんなは次にカエルくんにお願いをします。
「たのむよ、ひとつ、カエルくん たくさんうたをうたってね!」
蓮の花が咲く池のまわりに、トノサマガエルの鳴き声が高らかに響いたことは間違いありません。
***
こうしてお話の最初から最後まで七五調の心地よいリズムの言葉が続き、読み終えると気持ちまでふんわりと楽しくなってくるという、これは自然科学絵本です。トンボが複眼を持っているのはご存知の方が多いと思いますが、ミズスマシの複眼のお話はこの絵本を読んで私も本当にびっくり仰天でした。一年の中で園内でも姿を現すトンボやカエルの生態について触れている上、それぞれの特徴をかけがえのない大切なものと表現している日先生の生き物に対する優しさが滲み出ています。
大学生の青年の頃に書かれたという韻を踏んだリズミカルな文章が楽しくて、また色彩のタッチが優しく鮮やかな水彩画を眺めていると、ページをめくりながら心まで癒されてくるようです。日先生は『チョウはなぜ飛ぶか』『世界をこんなふうに見てごらん』『春の数え方』など、一般向けにも多くの著書を出しておられますが、子ども達向けに発行された唯一のこの絵本は、読み聞かせには勿論、読むだけでなく親子で楽しく唄える絵本でもあります。文章のリズムを楽しみ、生き物の生態を学び、美しい絵に心和ませながら、「一人ひとりの良いところを見つけて大切に育てる」ことの大事さにも思いが至ります。
ひるがえって目下造成中の園庭に目を向けると、そこに予定している水場(ビオトープ)にいずれ水生昆虫やカエルが集まってきて、それらを子ども達が観察する姿が目に浮かぶようで今から楽しみにしています。
文章/Ikuko先生