お山の絵本通信vol.113

──なつかしい絵本と先生のこえ──

『酒呑童子』
川村たかし・文、石倉欣二・絵、ポプラ社2003年

私は山の学校で小学生などのクラスを受け持っています。この間「ことば」(1年生の生徒が3人)のクラスで、この絵本を読む機会がありました。

『御伽草紙』にもある「大江山の鬼退治」の物語を、児童文学作家の川村氏が創作を交えて書き下したものです。「いかに頼光、うけたまわれ。大江山の鬼どもすみついて、わざわいをなす。たいらげよ」などの言い回しが、幼稚園のお子さんにはまだついていけないかと思いますが、1年生たちには寸法が合ったようで、私も興に入って読むことができました。

  「三百人力とうわさもたかい、渡辺綱(わたなべのつな)。鳥や動物のことばがわかる、坂田公時(さかたのきんとき)
  水がへいきの、藤原保昌(ふじわらのやすまさ)。火をつかう、碓井貞光(うすいのさだみつ)。うらないの名人、卜部季武(うらべのすえたけ)。」

このような豪傑たちの名前の並びに、生徒たちが「ぼくやったら、この人がいい!」と言い合うのを楽しく聞きました。三百人力が一番人気のようでしたが、中には、「占いだったら予言ができる。つまり相手の行動が分かる」と言って気に入ってくれた生徒も。また「ぼくは火と、占いがいい。あと水も。それから、動物の言葉が分かるのと、三百人力も!」と、結局全部を挙げてくれる生徒も。

「酒呑童子」という名の表す通り、酒が「好物」ということは、酒が「弱点」でもあります。そこで、源頼光を大将とする六人は、道に迷った山伏のふりをして、「鬼が城」に潜入し、「不思議な酒」を飲ませて、鬼たちを討ち果たそうと計画します。いわば「だまし討ち」です。これは、頼光の視点では、さらわれた姫たちを無事救出する「成功率」を上げるための手段ということになります。

この絵本で一番の「ゾクゾクする」ところは、だまそうとして、かえって、ばれないかという疑心暗鬼におちいる点です。それが酒呑童子と源頼光の酌み交わしのシーンで描かれています。頼光の肝の据わり様が試される名場面です。そして、これは絵本の中での創作部分になりますが、緊迫感を演出するために、酒呑童子の髪の毛の間には一羽のフクロウがいて、「この山伏たちは怪しい」としきりに警告する要素が入っています。

読んでいる途中に、生徒の一人が、「『桃太郎』みたいや」と言ってくれました。私も実はそのつもりで読んでいたのですが、そこで桃太郎と聞いて、ふと思い出したことがありました。

この間、ある中学生の男子生徒に、「小さい頃に読んでもらったお話の中で、一番好きだったのは何か」とたずねたことがありました。するとその中学生は、『桃太郎』を挙げてくれました。私はそれを「おや」と意外に思いました。そして後で「なるほど」と腑に落ちました。

その男子生徒が言うには、寝る前にいつもお母さんが彼に話して聞かせてくれたのは、素話の『桃太郎』だったそうです。その時その時の彼のリクエストに応じて、詳しく話してほしいとせがまれたところは、盛り上がるように脚色して話してくれたり、彼のお気に入りのキャラクターを登場させてくれたりと、そういうふうな話しぶりだったそうです。

そのように嬉しそうに中学生の彼が話してくれるのを受けて、私の脳裏にもその情景のおすそ分けがあたかも目に浮かぶように感じられたのでした。心と心の通じ合った会話というものは、確かに思い出に残るものにちがいありません。

そういえば私の母も、「(母の祖父から)寝る前にはいつも『桃太郎』の話をしてもらった」と話してくれたことがありました。「『桃太郎』ばかりだったけれども、かえってよろこんで聞いた」と。そのことから、先の中学生の話にも合点がいったのでした。

そこで私も真似をして、幼稚園のカプラのお帰りの時に、『桃太郎』の素話をしてみたことがありました。いざ話し出すまでは、「きっとすぐに飽きられてしまうだろうな……」と正直そんなことを思っていたのですが、意外や意外、子供たちの目がじっとこちらに向かっていて、驚きました。

さすがに何度も聞いた内容だけあって、訥々とでも「むかしむかし、あるところに……」と話すのは、そう難しいことではないのだなと、その時になって知りました。そして、子供たちは、絵本が目の前にないせいか、私が頭の中から言葉を引き出そうとするのを、「待ってくれているんだ」と気付きました。

その束の間の体験は、私にとって、ささやかながら自信になりました。話し終えて一人の年中組の女の子が、「先生、よう憶えてるなあ!」と言ってくれたことが、まるで太鼓判を押してもらえたようで、うれしかったです。

そんなわけで、山の学校でも、絵本だけでなく、ぜひ素話にも挑戦したいと思っています。

文章/Ryoma先生