『ことりをすきになった山』
アリス・マクレーラン/文、エリック・カール/絵、ゆあさふみえ/訳、偕成社1987年
2017年のことしの干支は酉ですが、いま、冬の山(幼稚園の山)は鳥がとてもにぎやかです。メジロ、シジュウカラ、イカル、スズメ、エナガ、ヤマガラ、ヒヨドリ……などなど、ピチピチ、クチュクチュと朝から木の芽や実を大勢でついばむ様子はさながら大にぎわいのお祭りのようで、つい木の上をしばらく眺めていることがあります。
また先日は、夕暮れになると園長室の天井が「ゴトン」と鳴り、続いて「カサカサカサッ」と引き摺るような音がします。しばらくで音は静かになり、次の日の夕暮れになるとまた「ゴトン」。しばらくの間ガサガサと天井から音が聞こえていました。そして次の朝のこと、お当番さんが運んできてくれたお荷物をテーブルに置いた瞬間、前方の窓の上あたりから一羽の鳥がサッと飛び立っていくのが見えました。日中は山の中で過ごし、夜は園長室の天井裏を棲家にしていたその鳥は「シロハラ」で、人懐っこいこの鳥は以前つきぐみ園舎に朝からそっと入っていたこともありました。
また、窓のすぐ外の梅の木に、何種類もの鳥が集まってきて新芽をついばむ様子を目にし、ほっと一息つくこともあります。そんな愛らしい鳥が今回ご紹介する絵本にも登場します。
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遠い昔から、空の太陽、月、星がゆっくりとめぐるのをただ黙って見てきた岩だらけの山がありました。草や木も、また鳥も虫も棲めず、岩はだが知っているのは直にふりかかる冷たい風、雨、雪だけ。そこへ初めて、一羽の小鳥が通りがかりに立ち寄りました。羽に覆われた体の柔らかさを山は感じて驚き、わくわくして「なまえをおしえてくれないか」とたずねます。そして山は、「ずっとここにいてもらうわけにはいかないか」と頼みますが、小鳥は食べ物や水がなければ生きられません。また巣をつくり、雛を育てる場所をさがして続く旅に出なければなりません。山はいつまでも長生きできるけれど、毎春ここに来ることができるのはほんのあと二、三回で、自分はそんなに長生きができないことを鳥は伝えます。ただ、山の気持ちをとても嬉しく思った鳥は「自分の娘にも自分と同じジョイという名前をつけ、この山へ来る道を教え、春ごとにあなたに歌をお聞かせする」ことを約束します。「本当はずっといてほしいがね。楽しみにしているよ」と山は鳥の姿を見送ります。
それから、春がめぐってくるたびに一羽の鳥ジョイが訪れるようになりました。絵本のはじめのページにはゴツゴツとした殺風景な岩山が黒っぽく描かれていましたが、だんだん温かな色合いに変化していくのも見所です。時が経ち、山はジョイがくるのを待ち焦がれるようになり、そしてその分、見送るのが辛くてたまらなくなっていきます。やがてとうとう百回目の春に、山は熱心に「おねがいだ、ずっとここにいておくれ」と頼みましたが、鳥は「来年の春も必ずまいります」と言うしかありませんでした。
山がジョイを見送り、空の彼方に消えていくのを見つめていた時、とうとう辛さに堪えかねた山の心臓が爆発してしまいました。岩がくだけ、山の奥から涙がいっきに吹き出して山肌を流れます。そうして山はただ涙を流し続けるのでしたが、次の春、一粒の種をくわえてやってきたジョイは、涙の川に近い岩の割れ目に種を押し込み、たくさんの歌をうたってから飛び去ります。ここからは、この絵本の作者であり、アンデス山脈の実地調査をして博士号を得たアリス・マクレーランが文化人類学者として伝えたかったエッセンスが描写されていきます。
作者があとがきで「永い年月がもたらす変化のすごさとか、ひとつの命に託された何かが時間をこえてうけつがれていくすばらしさに魅せられて、一人類学者としての夢を描いてみました」と述べているように、幾年もの時がめぐりながら、山のせせらぎが荒れ地を潤し、緑が広がり、虫たちが草むらを這い、小動物が巣をつくるようになりました。鳥がもたらした種が根を出し、芽が伸びてゆくにつれて山の夢はふくらみはじめ、萌えいずる草木を心の底から歓迎し励まします。一方、草木は山の思いをうけて枝葉を大きく茂らせます。それからも、毎春ごとにジョイが一粒ずつくわえてきた種が山のあちこちで発芽しやがて大きな樹木に育ってゆき、とうとう緑豊かな山に変化を遂げました。
見開き11ページほどある長い絵本ですが、ゆっくりと絵を眺めるだけでも楽しい時間が流れます。読んでいくうちに、山と鳥の目には見えない心の動きが静かに心にしみ込んでくるようです。画家エリック・カールの鮮やかな貼り絵(コラージュ)がページをめくるたびに展開し、思わず画用紙を広げて絵を描いたり、貼り絵をしたくなってきます。
次の春、飛んできたジョイがくわえていたのは種ではありませんでした。それは一本の枝。ジョイは一番高い木に巣をつくります。最後のページには春の緑が茂った大木の上に、雛を育てるために巣づくりをしているジョイが描かれています。もう言葉はありません。
山はどんな思いでいたことでしょう。「山」と「鳥」の出会いからはじまり、お互いの慈愛の心が一つに結びつくところまでが表現されています。人とのつながり、心のふれあいなど目には見えないものがやがて大事なものを育んでゆくのでしょう。同時に、長い時の積み重ねを経て形成されてゆく自然の変化に着目すると、それは急がずゆっくりと時を過ごし、一年ずつの成長を楽しみにして生きる私たちの子育てにも置き換えて読むことができるかも知れません。
文章/Ikuko先生