お山の絵本通信vol.169

──なつかしい絵本と先生のこえ──

『クリスマスのかね』

R・M・オールデン/原作、竹下文子/文、山田花菜/絵、教育画劇2009年

太陽の陽射しで輝いていた夏、鮮やかな紅葉の美しさに感動を覚えた秋は思い返しても素晴らしい季節であっただけに、本格的な冬の到来を思うと 躊躇(ためら) いがよぎります。しかし自然は、温暖化の影響で昔よりも変速リズムを奏でながらも着実に歩みをすすめます。やがて、冷たく引き締まった空気の心地よさを感じられるようになった頃、冬を受け入れる心の準備もすでに整い、幼い頃に歌ったクリスマスソングを口ずさんでいる自分にも気づきます。「そらにひびくかねが」「おほしがひかる」「神の御子は」「もみの木」「ひいらぎかざろう」などなど・・・。そして、園舎からクリスマスのお歌が聞こえてくる頃、子ども達はサンタさんへのカードやクリスマス帽子をつくりながら12月を楽しく過ごします。

さて、今年も絵本通信を書く月になりました。園内にはもみの木、ドイツトウヒなどクリスマスツリーに使われる木がありますが、今回ご紹介する絵本も針葉樹が一面の雪に覆われている表紙で、雪降る中を兄弟が手をつないで丘の上の教会へと向かう様子が描かれています。

* * *

むかしむかし、町の丘の上に大きな教会がありました。教会の中はあまりにも広く、またオルガンの音色もあまりにも大きく離れたところまで雷のように響き、これほど立派な教会は他にはありませんでした。日曜日になると教会に続く道に大勢の人が列をなします。季節は秋でしょうか。赤い屋根の街並みと、秋色一色に染まった丘の風景が温かい色彩で描かれています。

教会の隅の蔦のからまる古い塔は高すぎて上の方はぼんやりとしか見えませんが、そのてっぺんに吊るされた鐘が「クリスマスのかね」でした。世界一美しい音色を奏でる鐘ですが、長い間この鐘の音を聞いた人はいません。町で一番年をとったおじいさんは、「わしのかあさんがちいさいころに、いちどだけきいたそうだよ。まるでてんしのうたごえのようだったらしい」と近所の子ども達に話をしています。

毎年クリスマスイブにはみんなが教会に集まり、イエスさまのお誕生を祝って贈り物をささげます。そして一番素晴らしい贈り物がおかれたときにクリスマスの鐘はひとりでに鳴りだすと言われていますが、もう長らくその鐘の音は誰も聞いたことがありませんでした。

   「どうしてこんなにながいあいだ、かねがいちどもならないんだろう」
   「かねをならすほど、すばらしいものをもってくるひとがいないからだ」

町のお金持ち達は立派な贈り物を持って教会に押しかけますが、どんなにお祈りをしても、どんなに贈り物を積み上げても、塔からは風の音が聞こえるだけ。

この教会からずっと離れた貧しい村にペドロという男の子がいて、立派な教会のこと、大勢で賑わうクリスマスイブのことをきいて、一度でいいから行ってみたいと思っていました。ペドロは小さな弟に相談し、遠いけれど二人だけで行ってみることにしたのでした。

いよいよクリスマスイブ。町を彩る秋景色から一変し、雪に閉ざされた真っ白の世界が描かれています。二人が手をつないでようやく町に入る大きな門までたどりつくと、道端に女の人が倒れていました。雪にうずくまっていて歩くことができないようです。

   「こんなところでねむっちゃだめだよ」

ペドロは女の人を揺さぶったり、雪で顔をこすったりして目を覚ませようとしました。抱き起そうともしましたが、女の人はぐったりしたままどうにもなりません。そこでペドロは弟に、

   「だめだ。おまえひとりでいっておいで」
   「このままほうっておいたらこごえてしんでしまうもの」

そして、お祈りが終わったら誰か大人の人を連れてきてほしいとかすれた声でいいました。弟はびっくりして、たった一人で行きたくないと言いますが、クリスマスのお祈りができなくなるからとペドロは銀貨1つを渡して、人の邪魔にならないようにそっとお祈りしてくるように言いました。

弟の足音が遠ざかっていくのをペドロは涙をこらえて聞いていました。弟と楽しみにしていたクリスマスイブでしたが、きゅっと口を結んで雪の中に膝をつき、それから女の人の冷たい体をずっとこすり続けました。

クリスマスイブの大きな教会は綺麗に飾りがなされ、オルガンの音が鳴り響きます。窓も壁もふるえるほど壮大な礼拝が行われていました。

お祈りのあとで、人々が次々とイエスさまに贈り物を捧げる様子が描かれています。素晴らしい宝石、カゴいっぱいの金貨、何年もかかって書いた立派な本など、クリスマスの鐘を鳴らすために次々と祭壇に向かいます。最後には、王様が宝石を散りばめた冠を捧げ、

   「これこそ、いままででいちばんのおくりものだ」
   「さあ、いよいよクリスマスのかねがきけるぞ」

しかし、聞こえてくるのは風の音ばかり。鐘が鳴ったのはただの昔話なのではないかと皆があきらめかけたその時、最後の賛美歌が始まりました。しかし突然、オルガン奏者が弾くのをやめたのです。神父様が片手をあげ「しずかに」と合図をしました。みんなが見る方向、神父様の頭上の方向から金色の光が射し込む様子が描かれています。ページをめくると全面が光で覆われ、きらきらと眩しいほどに描かれています。

しーんと静まり返って人々は耳を澄ませます。すると・・・聞こえたのです。高い塔から静かに、でもはっきりと響いてくるクリスマスの鐘の音が。高い空から届くその音色は今まで誰も聞いたことがないほど、やさしく、美しい音色でした。ただ人々はしばらく身動きもせず、うっとりと音色に聞き入っています。栄光が差し込む礼拝堂で、人々が喜び、厳かな気持ちで手を合わせてお祈りする様子が描かれています。やがて人々は立ち上がり、前の方へ進みます。

そこに見えたのは、床にひざまずいて手を合わせるペドロの小さな弟の姿でした。誰も見ていない間にそっと歩いて行き、ペドロから預かったたった1つの銀貨を段の上に置いてお祈りをしていたのです。倒れていた女の人のこと、その人を介抱するために残りの銀貨1つを託した兄ペドロのことを思い、心からお祈りを捧げるおさなごの姿が光の中に描かれています。

倒れた女の人を見捨てなかったのもペドロの優しさからなるものでした。楽しみにしていたクリスマスイブの教会には行けず、たった1つの銀貨を弟に預けて無事を祈りました。不安な中を一人で教会に向かい、ペドロ達の安否を思いながら神様にお祈りを捧げる弟の姿も健気で尊く、絵本のページをめくりながらクリスマスの温かくて大切な真心に触れ、途中で思わず胸が熱くなりました。どちらも、人を自分と同じく大切に思える心に違いはありません。

最後のページには人々から介護をうける女性と、そっと弟の頭を撫でているペドロの姿が描かれています。

『あなたの 隣人(となりびと) を愛せよ』(マタイによる福音書22章39節)という教えが浮かんできました。

長い間眠っていたクリスマスの鐘が、クリスマスイブの雪降る町に、人々の心に、いつまでも静かに鳴り響いていました。

文章/副園長・Ikuko先生