山びこ通信2019年度号(2020年3月発行)より下記の記事を転載致します。
『漢文入門』
担当 陳 佑真
漢文入門では、最初に漢文の文法や語法、重要な文字について集中的に解説した後、句読点が入っていない漢文原典の写真をお配りして、読み方を句読点の入る位置から皆さんに考えてきていただく、という方式で学習を進めています。
漢文には元々、レ点、一二点のような返り点はもちろん、句読点もほとんどの場合入っていません(「白文」と呼ばれます)。つまり、学校の古文の教科書では、「学而時習之、不亦説乎」とあれば、「マナビテトキニコレヲナラウ、マタヨロコバシカラズヤ」と読むよう最初から返り点や送り仮名を使って指示されていますが、それはとある誰かの説を採用しただけのことで、本当は漢文の正しい読み方なんていうものは誰も知らないのです。「マナビテトキニコレヲナラウ……」と「正しい読み方」を暗記するのではなく、目の前の文章を自分はどう読むのか、そこから何を感じ取るのか、と模索することに漢文学習の魅力があると私は考えています。一人一人が主体となってテクストに、そして作者に向き合い、漢文の楽しみを感じていただけるような授業を目指しております。
今年度は受講者の方々のご関心に合わせ、王羲之「蘭亭序」、李白「春夜宴桃李園序」のほか、主に唐宋八大家と呼ばれる一群の作家の作品を読んできました(蘇軾「赤壁賦」、王安石「遊褒禅山記」、曽鞏「唐論」、柳宗元「捕蛇者説」など)。本格的な作品を読み進めるのはなかなか難しいことですが、受講者の方々は毎回丹念に辞書を引いて予習してくださっており、堅実にテクストの読解を進めておられます。
学習の際重視しているのは、わからない文字はもちろんのこと、一見簡単な文字についても油断せず調べることです。その作業を地道に繰り返すことによって作者の気持ちに踏み込むことができます。
たとえば、「乃(だい)」という字は「即」や「則」と同様に訓読では「すなわち」と読みますが、今の中国語では「nai3」、「ナーイ」と低く長く伸ばす音で、少しもったいぶるような、また、なんらかの屈折を伴うような語感が含まれます。そして同じ「すなわち」でも、「則」は多くの場合、「これこれという前提条件を満たした場合、なんとかだ」という意味で使われますが、時折、「他の誰々はこうこうなのだが、この人はといえばちょっと違うぞ」というニュアンスをもつ場合があります。そういった微細なところに注意することで、一見難しい漢字の羅列である漢文が生き生きとした姿を見せてくれます。
また、内容の豊かな作品を選ぶことはもちろん大切ですが、それと同時に大切にしているのは、テクストにできるだけ「本物」を使おう、ということです。お配りするテクストの多くは中国で作られた木版印刷物のコピーで、中には十二世紀頃に彫られた国宝級のものもあります。大昔の職人さんが筆で文字を書いて、それを木の板に貼って彫り抜き、墨をつけて紙に刷った書物はそれぞれ個性豊かな表情をもっています。二十一世紀を生きる私たちが赤ペンを手に持って、そんなタイムカプセルに点を書き入れるのは、まるで大昔の人たちの文化の営みに自分も一緒に参加するような気持ちになって、とても刺激的です。
古典の名作は丁寧に読むことから何度でも新しい発見が生まれてきます。これからも受講者の皆さんと一緒に、そういった発見をしていけることを願っております。
なお、京都で受講されるのが難しい方よりご要望を頂き、秋学期からSkypeを用いた遠隔授業も開始しました。導入前は、果たしてインターネットで漢文の授業ができるのか、色々と不安もありましたが、実際に導入してみると通信品質も良好で、臨場感をもって授業を進めることができております。
“『漢文入門』クラス便り(2020年3月)” への1件のフィードバック