担当の梁川です。
随分温かくなってきました。新しく加わった2人をお迎えし、春学期がスタートしました。
今日は外へ出て、何か「いいなぁ」「面白いなぁ」と感じるものを探しに行こう、とみんなを園庭に誘いました。たまたま4人とも、幼稚園からこの場所を知っている仲間たちです。
「みんなは、この場所のことを知っているよね?」
(うん、と頷くみんな。)
「今日、みんなは、この園庭を初めて見ることになります。」
(はてな?と首をかしげて笑うみんな。)
こんな前置きをしてから出発しました。
「先生〜、目をつむってブランコ漕ぐと面白い!」「その時に頭に浮かんでくるものも絵にできるんじゃない?」
「先生〜、ブランコ漕ぎながら飛んでいる鳥を見ていたら、自分も飛んでいるみたい!」「それも絵になりそうだね!」
懐かしい先生との再会。
綿毛を全部吹き飛ばしたタンポポを見て「苺のヘタみたい!」とYukiちゃん。
「この花もよく見るけど面白いよね」とhannaちゃん。
「足つく〜」
「あ、このお花、花びらが何枚も重なってる!私、初めて見た!」とSaeちゃん。
「幼稚園に居た三年間も、この木はここに居たはずなんだよ。」と私。
秘密の庭(と私達が呼ぶビオトープガーデン)の門をくぐると…
池の方から「わさっ」と大きなサギが飛び立ち木の上へ。「先生!写真とって!」とhannnaちゃん。
すごいすごい!と声を潜めながら、園庭で葉っぱを集めていたYukiちゃんを3人が手招きします。
「手の届かないものも、こうやって目に焼き付けておいて、描くことができるよ!」(私)
「足ながいね〜」「あんな大きな鳥が木の上に止まっているとこってあまり見ないよね」
「あたまのとこ、しゅって毛がある!」
「初めて見た!」とHannnaちゃん。
水のところがキラって光る(アメンボの作る波紋)
アメンボ足ながいね〜
「ここの穴に〜君と木の棒突っ込んでたことある」
「しってる?ここから覗くとね…」
「ライオン見えるんだよ」
「視点」を見つけるのも絵画。
Saeちゃん作の「消しゴム判子」。今日は、昨年度続けていた彫刻刀を、最初から使いたかったのです。今日目にした葉っぱがモチーフ。
Aoiちゃん製作中。
見つけたものを再構成しています。得意の緻密な描写。自由を獲得する楽しさを彼女は知っています。
Yukiちゃん、Hannaちゃんが一緒に拾い集めた綺麗な葉っぱ。
Yukiちゃん作。クレパスと絵の具の併用や、混色を楽しんで描きました。
「木にも絵の具塗れるかなぁ」Yukiちゃん。
Hannaちゃん作。カメラで撮った画像も参考に描ききりました。みんなに見せることを恥ずかしがりましたが、本当によく描けていると感心しました。
「これは絶対捨てる」と言ったのは、記憶を頼りに描いた最初の素描。「絶対捨てないで」と伝えました。最小限の線で、実に特徴を捉えているではありませんか!
その裏面、試行錯誤の痕跡。
部屋を出る前、「何を」「どのように」描くか、という話をしました。例えばこの藤の鉢植え。このように画用紙に収めるか…
うんと寄ってみるか…
本日の制作風景。
Hannaちゃんの例ですが、デジカメ画像を参考にしたと言っても、随分逆光ぎみの写真を小さいカメラのディスプレイで見たわけなので、彼女が不鮮明だった部分を、しっかり肉眼で捉えた記憶や想像を頼りに再構築していることが伺えます。また、Yukiちゃんも描く前、描いている最中、絶えず発見したことを口にしながら楽しんで描いてくれました。二人には自信をもってこれからも教室に臨んで欲しいと思います。
また、本日は、「カメラもまたやりたいなぁ」(インスタントカメラを用いた2年前の課題)、ですとか「見えないものを描く課題」「スチレンペーパーを使った版画」など、過去に行った課題のリクエストも沢山頂いたので、この1年の中に散りばめていけたらと思います。
どんなに見慣れたものでも、100回でも1,000回でも、初めて見るもののように見ることが出来る。何度でも新しい発見がある。それは意味を超えて、素敵なことだと思うので、私はクラスでそのことをみんなに伝え続けたいです。描こうとする行為は、そのことを体感させてくれる引き金であり、有効な手段の一つであると考えています。