山びこ通信に「Homo sum. 私は人間である」と題したエッセイを書きました。 人間の人間による人間のための教育というのを考えていく必要があると思います。 その意味で今後「哲学」の果たす役割はますます重くなると考えられ・・・
「山びこ通信」の記事一覧(21 / 26ページ目)
2017-07-30 「素読と子どもたち」
以前「素読と子どもたち」というタイトルでエッセイを書きました。 素読教育について小林秀雄が次のようなことを対談で述べています。少し長いですが引用します。 小林: 素読教育を復活させることは出来ない。そんなことはわかりきっ・・・
2017-07-28 文学部で学んだこと
山びこ通信の巻頭文に載せた記事を読み返しました。 >>「文学部で学んだこと──100年先の世界のために」 幼児教育に携わりつつ、そこに軸足を置きながら、ただ、そこだけに専念すれば良いとは思いません。一人の国民として、大人・・・
2017-07-27 好きと得意の思い出づくり
山びこ通信の記事を読み返しました。 Disce gaudere(楽しむことを学べ)――「好き」と「得意」の思い出作りに向けて 混迷の時代。幼児期の「好き」の感覚を頼りにたくましく生きていってほしいと願います。
2017-07-24 人間の教育(山びこ通信より)
最新の山びこ通信に書いたエッセイを読み返しました。 >>そうだ、ラテン語やろう! 教育が迷走すると、和魂洋才どころか無魂無才になりかねないと危惧するこのごろです。 洋魂の根っこはピロソピアです。「知を愛すること」とは「こ・・・
2017-06-26 「力があると思うゆえに力が出る」
昨日に続き、過去のエッセイにリンクを張ります。 >>「力があると思うゆえに力が出る」 表題はウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』(5.231)にみられる表現です。ひらたく訳せば、「できると思うから、できる」です。 子ど・・・
2017-06-25 人間の学(フーマーニタース)
以前山びこ通信に書いたエッセイを読み返しておりました。 学問を守り育てる精神は、ギリシアのアカデメイアに遡ると思っています。 それは人間の学としてキケローが受け継ぎ、ルネサンスの「再発見」につながります。 今後社会がどの・・・