幼稚園の保護者から、「保護者のお声」を頂戴しました。
貴重なお声をありがとうございます。
早速幼稚園のホームページに掲載させていただきました。
タイトルは「手をつないで育まれる心」です。
リンク先と同じ内容を下に掲載させていただきます。
6年生になったうちの兄さん(息子)が、この春はすこぶる張り切っていました。
彼の通う小学校では、様々な事情で集団登校がありません。そこで、彼は自主的に顔見知りの近所の1年生を迎えに行って、手をつないで一緒に登校していたそうです。そうこうしていると、一人で登校している名前も知らない1年生もなぜか一緒に歩くことになって「遅刻しそうになったわ」と笑いながら話してくれました。
6年生にもなると、「手をつなぐ」ということ自体が気恥ずかしいこともあるだろうな、と思うのですが、幼稚園の登園や降園の際に毎日のように誰かと手をつないで歩いていた彼にとっては、年下の子をおもんばかることや、手をつなぐことは自然なことなのか、ということを今更ながら納得した新学年の始まりでした。
そんな彼ですが、幼稚園の頃はちょっかいを出してお友だちの心を傷つけたことがありました。「うちの子は人の気持ちがわからんのやろうか・・・」と悩んだ日のことを今でも覚えています。すぐに先生方が相手のお子さんの心配を取り除くだけではなく、真剣に息子と向き合ってくださり、園全体で息子を見守ってくださったことで状況が好転しました。園長先生がこの経験を経た彼について、「彼は人の痛みを感じて行動できる人です」というようなことを仰ってくださったことを今も拠り所にしています。
それでも、「大丈夫かな」とハラハラすることは日常茶飯事で、紆余曲折ありましたが、6年生になって、1年生と手をつなぐ彼を想像すると、幼稚園で過ごした日々が、今の彼の礎になっているんだなぁ、と感じます。そして、母親である私自身も、この幼稚園に通う子どもを通じて、人としてどうありたいか、を日々考えるようになったように思います。ゆっくりながらも、自分も成長できるとは思っていなかったことなので、そのこともとてもうれしいし、今を生きる励みになっています。
私はこのお兄さんのことで「教育相談」(面談)をした6年前のことを昨日のことのように思い出します。
今は、本当に男気のある、立派な六年生になられました。私はよくこのブログで、学校生活で大事なのは他人との競争ではないと書いています(今の時代はどうしてもそれを煽ります)。このお兄さんは、学校の勉強の基本は十二分に学び取った上で、さらに自分以外の他者のことを親身に考え、行動できるリーダーシップと実行力を兼ね備えています。
彼は今も山の学校に通っているので、私は胸を張ってこう言えます。
幼稚園の仕事をしていると、日々の充足感もさることながら、やはり卒園した子どもたちが、人間として立派に成長された姿を拝見するとき、本当に頼もしく尊いものに思えます。
(今年は大文字の送り火を見に山の上に来られた卒園児のご家族とお会いし、感激にふけることができました。ご長男は立派に成人され、腰が抜けるほど驚きました)。
幸い、じかに卒園児さんの成長を見る機会に恵まれるとき、私はそのお子さんのことだけでなく、当時の他の子どもたちのことも思い出し、きっとみんな同じように立派に成長しているはずだ、と思います。
その気持ちを胸に、今のなにげない子どもたちとの日々を、より大切にしたいという気持ちが胸を満たします。
このたび、貴重なお声をいただき、ついうれしくなり、長く書いてしまいました。
卒園児の保護者の皆様、もしよろしければ「保護者のお声」をお寄せください。