山奥の自然のふところに身をおくと、子どもたちの心はセンス・オブ・ワンダー(自然の美しさと神秘を感じとれる心,感覚,喜び)であふれます。幼稚園のまわりは生きた教科書そのものです。あたりを見渡せば四季折々の花、樹木、昆虫がいっぱい見えてきます。私がいつも嬉しく感じることは、子どもたちは誰一人例外なく“しぜんのめがね”を持っていること、すなわち、自然の中に何かを見つけ楽しむ心のゆとりを持ち、それを子どもたち同士が一緒になって楽しむ心をもっていることです。心のやわらかな小さな頃にたっぷりと自然の中で時を過ごし、豊かな気持ちがいつまでも満たされ続けることを祈ってやみません。
本園は東山三十六峰の一つ「北白川山」のてっぺんに位置する環境にあり、周囲は緑の樹木に覆われた山の中です。朝は森の野鳥のさえずりに登園してきた子ども達の声がいつしか混ざり合いながら一日がはじまります。気持ちのよい昼間は風が木立ちを通り抜けるのが見えるような時もあり、太陽の光が木々の間から射し込む中、園庭、ひみつの庭、そしてひみつの森へと子ども達は駆けまわり過ごしています。
「自然は友だち」というテーマで書き始めると、お聞かせしたいエピソード、お見せした写真は星の数ほどあり、いくらページがあっても足りません。具体的な取り組みについては2004年からブログにまとめるようにしていますので、ご関心のある方はぜひそちらをご覧いただくとして、本園の子どもたちが日常的に自然と接する二つの代表的な「場」としての「ひみつの庭」と「ひみつの森」における活動の一端をご紹介することにします。
自然の生き物と子どもたちの「ひみつの庭」
緑の植栽に囲まれた「ひみつの庭」は本園の二つ目の庭で2013年に竣工しました。最初に樹木の植栽をし、次にチョウなどさまざまな昆虫が訪れるための灌木(shrub flower)を植えました。そのような環境で子ども達は樹木から放たれる新鮮な空気を体中に感じて過ごしています。
食育の一環として、コンポストで広葉樹の落ち葉からつくった腐葉土での畑スペースも大人気で、春、秋と無農薬野菜(トマト、ブロッコリー、ピーマン、ナス…etc.)を育てて収穫をし、毎度クッキングを通して自然の恵みに感謝していただく時間を大事にしています。また葉っぱや木の実を集めたり、ひみつの庭で見つけた葉っぱや木の実や花がらを摘んでは手の平で観察したり、色水あそびも楽しんでいます。
ビオトープ
ひみつの庭には水生生物が棲む水辺”ビオトープ”があり、春にはメダカやタナゴなどの淡水魚や貝類、水生昆虫が姿を見せはじめます。5月になると各種トンボが水面を飛び交う傍ら、小さなオタマジャクシが産まれ水辺を泳ぐ季節がすぐそこです。初夏になるとひみつの森から水辺を求めてやってくるモリアオガエルが毎年産卵にきて、泡のような白い卵を観察する機会もあります。
睡蓮の葉の上には巻貝、トンボやカエルなどが休憩しています。子ども達の足元までおたまじゃくしが泳いできてじっとしています。水面がとても澄んでいるので水底に堆積した腐葉土までよく見えます。腐葉土の下には二枚貝をはじめ小さなドジョウ、ヨシノボリをはじめとする土壌生物などがたくさん息づいています。
モリアオガエル(左)は白い卵塊を木につくります。ビオトープのセイヨウアジサイの青色が鮮やかです。
ブッドレアの花
庭中央に植栽したチョウの大好きな花”ブッドレア”では、アゲハ、ツマグロヒョウモン、クロアゲハ、アオスジアゲハなどが吸蜜している様子が観察できます。国蝶オオムラサキの姿が見られたこともありました。
さてこちらのチョウは翅を広げて飛び立つ準備をしているようです。ブッドレアの花の下にやってきた子ども達。
園内では、ナミアゲハは幼虫から食草のカラタチや柑橘類の葉を与えながら各クラスでたびたび育てているチョウの一種です。この日、羽化したケースから初めて外の世界に出るアゲハチョウ。まずそっとお花に止まらせてあげることにしました。辺りにはブッドレアの花の香りが漂います。ブッドレアはイギリスではバタフライブッシュと呼ばれる花です。
静かに花の上に止まっている様子を先生に抱っこしてもらい観察しているところです。近くで見えるとやっぱり嬉しいですね😊 みんなで葉っぱをあげながら大事に育てた幼虫が無事サナギからチョウチョになったのです。
ライオン壁泉
夏になるとライオンのお口から水がでてきて子ども達はこの壁泉の中で水あそびを楽しみます。園庭開放に来られた未就園児さん親子も陽射しの下で水に足を浸したり、壁泉からの水しぶきを楽しまれています。樹上には大木のクスノキが大きな枝を広げて私達に木陰をつくってくれます。
この日はオニヤンマ、シオカラトンボ、ネキトンボ(アカトンボの種類)などの姿がありました。特にシオカラトンボは水が大好き!壁泉プールであそぶ子ども達の上を、仲間に入れてほしいと言わんばかりに飛び回るので昆虫好きの子は気もそぞろです。前を通過してはまた舞い戻ってくるトンボ。
築山の上で
いきものたちとの出会い
園庭でも森でも、色々ないきものとの出会いがあります。ビオトープ・ガーデンを設置して以来、モリアオガエルが産卵に訪れたり、海を渡るアサギマダラが飛来したり、その多様さはさらに増しています。池に放流したタナゴやゲンゴロウブナなどの水生生物たちも繁殖を繰り返し、その生態を見せてくれます。小さいいきものたちとの出会いにときめく気持ちの積み重ねは、命の重さを知る第一歩の経験となります。
アサギマダラは翅に鱗粉がない特別のチョウなので手で掴むことができますが、詳しい生態はまだ解明されていない不思議なチョウです。年長児がこの日手にしたチョウには研究のためのマーキングが翅に記されていて、調べてみると二週間前に信州から飛んできた個体であることがわかりました。一日約20㎞を飛び続けて京都のこの山の上にもやってきてくれたのでした。気温が低くなるにつれ再び温かな地方へと旅を続けるアサギマダラ、いよいよお別れの季節がやってきたのが11月でした。また来年も来てくれますように。
お花とお話し
「あじさいがおおきいね、わたしのあたまとおなじくらいかな?」とHちゃん。今年は昨年よりはるかに大きな花を咲かせてくれたアジサイアナベル。「うちのあじさいがね・・・」とアナベルにつぶやくように話しかけます。ウッドデッキを下りて丸窓の下のアナベルにも声をかけています。ひみつ庭のアジサイは子ども達の話し相手なのでしょう。またね、とアナベルを後にしました。
「あっ、あそこにカエル🐸がいたよ、とれるかな?」(左) アジサイアナベルがふんわりと優しいです。アナベルにはセイヨウアジサイにはない香りが少しあるようです。細い茎だけど丈夫なアナベルの白い花(右)。
色水あそび
園長室にはじめに数名が集まりましたが、この日は広々とひみつの庭の丸テーブルで色水づくりをすることにしました。最低限の材料を持って庭へ上がり、この日はすぐ後ろにたわわになっているヨウシュヤマゴボウの実を取って色水にしました。実を一粒袋に入れたら上から水を注ぎ、ビニールの上からそっと指で実をつぶすと綺麗なピンク色の色水がしみ出てきます。
ほかに紫、水色の出てくる植物性の材料は布袋にあります。Mちゃんは夏の間にお家で咲いていたキキョウの花の乾燥を持ってきてくれました。みんなの好きな紫色💜みんなで大事に使います!
ポプリをつくる
庭の花や花瓶に飾った花が終わりそうな頃、色水あそび&ポプリづくり用にと大切に保存しておきます。スターチス、庭のアナベルが枯れてドライになった花びら、5月のティユール(菩提樹)の花びらのドライ。先日、お家のお庭の黄色の彼岸花(リコリス)を手に登園した女の子Hちゃんいわく、「花が少し過ぎているから色水にしても」とのことでしたが、いえいえとても綺麗なので花瓶に飾るわねと頂戴した次第。いつものドライの花びらや葉っぱの上に一輪もらって黄色のリコリスを入れると素敵なポプリになりました💕
ひみつの庭の畑で描く
年中クラスは過日にブロッコリーとロマネスコの苗をみんなで植えました。子ども達は毎日お水をあげながら、「お野菜の赤ちゃん苗の絵を描けたらいいなぁ~!」と言っているのを聞いて、さっそくひみつの庭の畑のまわりに画板を持ち込んで絵を描いた日がありました。すぐ横にはフジバカマの植込みがあります。「あっ😲 アサギマダラがきているよ」と指さします。ほんとだ・・・!
ヒラヒラ、フワフワととてもソフトな飛び方をしながら開花した花に近づきとまります。到底何千キロと旅をするチョウとは思えないやさしい飛び方です。浅葱色のとても綺麗な色が映えます💙アサギマダラは花と子ども達の間を夢のように飛び続けていました。
描く対象を決めたらスイスイとクレパスを持つ手が動き出す子ども達。ゆっくりと見て、考えながら画用紙に向かう静かな時間が流れています。
香りの体験を絵にする
「香りを描く絵画」にトライしました。ひみつの庭に植栽したミント、レモンバーベナ、レモンバーム、ローズマリーなど数種のハーブの香りを試していると、築山のクローバーの香りも子ども達自らが試しに向かいました。その他の植物も積極的に好奇心も加わって試してみる子ども達。やはり植物それぞれの特有の香りがあり、子ども達は五感の一つ嗅覚を敏感にしながら楽しい時間となりました。その後は体験が冷めやらぬうちに園舎へ。刷毛でもって感じた香りの感覚を画用紙の上にのびやかに描いていきました。
畑で野菜を育てる、そして
ひみつの庭には畑コーナーがあり、子どもたちは年間を通して様々な花や野菜を育てます。収穫後クラスで調理していただきます。
年少組は大きくなったトマトを収穫後、お水で洗ってその場でいただきました。
年中組はピーマンを収穫。落ち葉堆肥でつくった土をコンポストから運び畑づくりをみんなで終えたあと、4月にみんなでこどもピーマンの苗を植えましたね。
これからいよいよ調理です。メニューは”こどもピーマンの肉詰め”✨です。
太陽が燦燦と照りつける午前。年長クラスが大きく育ちすぎたくらいのナス🍆を収穫しました。
さっと洗って園舎に戻るとまな板の上へ並びます。次に輪切りに次々カット。ナス🍆は油と相性がよいですね。プレートにオリーブオイル、そして輪切りを少しずつそっとのせています。トマトソースはガーリック、ダイストマト缶🍅、ブイヨンキューブ、ハーブソルト🌿。隣のテーブルでさっと私が担当。あっという間に出来上がり😊 トマトソースをソテーしたナスにトッピング。もう一つはかつお節をのせて+少しお醤油をかけます。
子どもたちは野菜の収穫を終えたあと、心に残った絵を描きます。
そのときどきに応じてクレパス、コンテ、絵筆、サインペン、タンポ、スポンジなどを使いわけます。年長児は写真を見て正確に下絵を描き色付けすることにも挑戦します。
森で過ごすひととき
園庭奥から、わたしたちが「ひみつの森」と呼んでいる森を抜けると比叡山に続く尾根道が続きます。子どもたちはお散歩がてら森に出かけ、自然を満喫します。夏には沢に降りて川あそびをしたり、秋にはたくさんの落ち葉を集め、園庭に持ち帰って焼き芋を楽しんだりします。
園庭つづきの”森の広場”までは歩いて約5分。四季折々の自然の変化を感じながら、子ども達は日常的にこの場所を訪れています。広場を通り過ぎ、東山三十六峰の一つお隣りの峰「茶山」へ、そしてさらにその先まで足を延ばすこともあります。
森は、子ども達が主体的に働きかけながら多くの学びを得られる場所です。空気の匂い、風や鳥の声、日々変化する太陽の陽射しや樹木の変化など待ち受ける自然の懐は深く、訪れるたびに新鮮な気持ちになります。手で触れる木、枝、葉、土、水分など自然の素材は子ども達の働きかけに必ず応答してくれますし、その過程で子どもたちは自然と呼吸を合わせ、自らを調整する力を養います。
生きた自然の世界は新たな驚きや発見、感動に満ちていて、子どもたちは園庭とは異なる大いなる世界を謳歌する喜びを味わいます。前に登れなかった木に再び挑戦したり、ぶら下がれる木を自ら見つけたり、好きな木を見つけ想像しながら見立てあそびも楽しみます。
森に着いた子どもたちがどんなことをするのか、ある12月の一日の様子を写真とともにお伝えしましょう。
あおいつりがねそう
あおい あおい つりがねそう
ぼうしがとっても よくにあう
さあおどりましょう おはなのわのなかで
そこにとまって ぐるりとまわれ
ひざまずいて てをとりましょう
たのしく おどりましょう はなさくのはらで・・・
ゆったりとした五度の音域で魂(こころ)にやさしいスイスの歌です。このひなびた独特の旋律を子どもたちは気に入ってくれたようで、森に来たときにはみんなで輪になりまずこの曲を歌います。
家づくり・木登り・バランス遊び・落ち葉のシャワー・etc.
そのあとはいつもの自由遊びです。さっそく木々のあいだに枝を立てかけて「家」を作っています。横たわった樹木の上で、手を左右に広げて平均台を渡るように先端まで歩いてバランスを取る子もいます。その奥では、ほどよい高さの木の上まで登っていき一休みする二人の女の子。
こちらは丸太の上を歩くバランス遊びです。反対方面では積もった落ち葉を手でかき集め、頭上に巻き上げて落ち葉のシャワーを繰り返しています。「楽しみ」は友だちと分かち合うことで倍にも三倍にもなるものです。たまたま近くにいた子と落ち葉のシャワーを繰り返しかけ合いながら、大人も、子どもたちと感動や発見を分かち合います。
別の場所では好みの木を選んでよじ登る子が目に入ります。
ずいぶん高くまできました。手足でしっかりバランスを取っています。右上の写真は「家」で、いつも変わらず子どもたちの動きを受け止めてくれます。木は私たちと同じように生きているので、風に揺れるリズムや鼓動まで耳にしているのかもしれません。森のあそびを身近に取り入れるため園庭用の遊具が開発されましたが、森はすべてが自然物なので、子どもの体と心にとって馴染みやすく、いつも子どもたちを包み込んでくれる生きた存在なのです。
そろそろお昼が近づきお腹も空いてきました。園に続く森の一本道を駆け抜けます。ちょっぴり前と間隔をあけておき、勢いよくダッシュする楽しさは格別です。落ち葉の道も凸凹のある斜面の道も、うまく選り分けながら、子どもたちは元気に園庭に到着します。
森を絵に描く
園内、そして園庭つづきのひみつの森が赤や黄色に美しく色づいてきた11月半ば。年中クラスはいつものようにひみつの森へ足を踏み入れ森の時間を過ごしました。森では親指と人差し指で〇をつくって描きたい樹木、景色をその中に探してみたり、空を仰ぎ足元の黄色のコナラやタカノツメの落ち葉に目を留めました。園内に戻ってくるとカキやモミジなど、色とりどりの紅葉を眺め胸に焼きつけるように眺めながらクラスに戻ってきたのでした。
空に浮かぶ赤、黄、緑など。カキ、モクレン、イチョウ、そしてモミジ紅葉が竹柵に続きます。竹柵の上にはいつしかモクレンやイチョウの束を子ども達がお飾りしていました😊
園舎に戻るとさっそく絵具で描き始めます。大きな木があったよ。何本もたくさん。太い木や細い木があった。おおきな木はこんな枝をつけて。木を描いたらつぎは葉を描きます。
この日はスポンジではなくメラミンスポンジを使ってみました。スポンジのように絵具を吸収しすぎず、固めでスタンプし易そうだと閃き初の試みでした✨
トントン、トントンとスタンプしていくと鮮やかな紅葉の木が出来上がっていきました。森や園庭の木々を思い出しながら紅葉していた樹木を描きます。
出来上がったものから並んでいます🍁🍂🍃 紅葉の下で空を見上げたら… こんな風に一面に広がっているお山の紅葉です。
子どもたちのセンス・オブ・ワンダー
レイチェル・カーソン(米国の海洋生物学者でありベストセラー作家)は、『センス・オブ・ワンダー』という本の中で次のように書き記しています。
『わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性はこの種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代はこの土壌を耕すときです。』
子どもの頃にこの自然を感じ取る心を養い、またそれを仲間と共有する経験を重ねれば、将来、仮に心のバランスを崩しそうになったときにも、再び元気に一歩を踏み出していくことができるのではないかと思います。
昔、「たまごっち」というおもちゃが流行りました。このおもちゃを与えてもらった子どもは、一生懸命人工の “子ども”の世話をし大切に育てます。ところが、そのうちどうしても世話ができなくなる時がやって来て、残念ながらたまごっちは死んでしまいます。とても悲しく初めは涙が出てくるほどですが、子どもはやがて電源をリセットするともう一度「命のやり直し」ができることに気づきます。「リセットできる命」。ここが、私としては何とも受け入れられないところでした。
身近な昆虫であるアリやトンボを、手のひらに包み、大切に思うばかりに羽が取れたり動かなくなってしまったような経験、また買っている犬や猫の死からたった一つしかない命の尊さを身をもって経験することの方が、自然に生かされている私たちにとっては遙かに大切なことだと思います。
子どもの頃、私はじっとしていない性格だったので、近くの山に入っては一人で探検しながら真っ暗になるまで遊びました。夕方になっても帰ってこない私を、両親二人がいつも探し回っていたそうです。母の困った表情を見てからは、西の空に沈むオレンジ色の太陽を見ると、帰り道で見つけたジュズダマ(植物)を母へのお土産にするために右手にぎゅっと握りしめて家路を急ぐ、そんな幼少期でした。
自然の植物や生き物との思い出もたくさんあります。自宅の畑の隅っこに、春が来たことを知らせてくれるムラサキカタバミは、クレパスの中でも特別だったピンク色で、幼い私にとって近しい友達のような存在でした。隣に咲いていたオオイヌノフグリのブルーの色は濃い空の色と同じで、よく私が身につけていた春のスカートの色と同じであったことも何だか嬉しくなってくるのでした。
ある時、素手で捕まえたシジミチョウを母に見せようと、家の勝手口まで戻ってきた時のことでした。その近くにはいつも巣づくりをしているクモの主がいたのですが、私の帰りを待っていたように手前に出て来ていたので、何気なくそのクモに、「ほら、こんなシジミチョウを捕まえたのよ」と見せたところ、驚いたことにクモはさっと手を伸ばして掴み、「ありがとう!」と言わんばかりに、暗くて見えない巣の奥までシジミチョウを持って引っ込んでしまったのでした。
一瞬の出来事なので大変驚きました。すぐに母に訴えましたがどうしようもありません。クモがチョウを食料にすることもその時に知ることとなり、シジミチョウがクモのエサになってしまったことを、小さいながら数日の間悔やんでいたことは、今でも心に残っているのです。
子ども達は、センス・オブ・ワンダー(自然界の美しさ、神秘さ、不思議さに目を見張る感性のこと)をとても豊かに備えており、いつも生き生きとして新鮮な驚きと感激に満ち溢れています。幼稚園の子ども達を見ていても、目はキラキラと輝いていて、面白いもの、珍しいものを見つけると夢中になり五感をとぎすまして見入っている真剣な表情は何より尊いのではないかと思えます。
子ども達を取り巻く自然界には、すでに彼らの知っているもの、知らないもの、面白いもの、怖いもの、残酷なもの、痛いものなどさまざまがありますが、それらを子どもなりに体験していくことで更に好奇心の扉が開かれていくものだと信じています。
大人に近づくと、どうしても小さな頃に溢れていたはずの好奇心も薄れがちですが、特に心の柔らかな幼少期から小学生時代の頃には、自然との結びつきを豊かに感じられるように守り育てたいものだと思います。成長後に、目の前にさまざまな支障が立ちはだかった時にも、人間の力を超えた大きな自然の懐を思い起こすことができたなら、再びそこから必ず生きる希望が湧き上がってくるに違いありません。
(文責)北白川幼稚園 副園長 山下育子