この道50年 / 遺稿集– category –
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この道50年 / 遺稿集
この道50年──まえがきとあとがき
この道50年 / 遺稿集 まえがき 行き帰り、子供たちと対面しながら後ろ向きに歩きつづけてきた、この道五〇年。 後ろ向きは、振り返れば前向きとなる。 創立五〇年を機にいちど振り返れば、北白川幼稚園のこれからのさらに新しい像(かたち)が見えてくるか... -
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この道50年──第1章 『保父』の由来
この道50年 / 遺稿集 わたしは、かなり以前に『保父』という本を出したことがありますが、まだ当時は保父という言葉が、一般に使われていませんでしたので、本の題名そのものについて、まず、いろんな質問を受けました。 「これは、『保』護者の『父』親の... -
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この道50年──第2章 保父誕生
この道50年 / 遺稿集 私の子どもの頃は、 およそ茫洋混沌(ぼうようこんとん)としていて、この子はいったい何を考えているんだろう、どこを見ているんだろうなどと思うと、両親も恐らく頼りない思いに駆られていたに相違ない。 「いや、子どものころは、... -
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この道50年──第3章 後ろ向き歩きのきっかけ
この道50年 / 遺稿集 私が「後ろ向き歩き」を始めたのは、五〇年前に逆上ります。ということは、創立当初からというわけです。当時は、幼稚園の男の先生というのも異色の存在でしたが、後ろ向き歩きというのも随分変わった目で見られていました。今でこそ... -
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この道50年──第4章 小さな恩人
この道50年 / 遺稿集 私と北白川幼稚園との関わりが、腰掛けから始まったことは「保父誕生」でも述べたとおりです。そこでは、父が示した二年間の契約?期間中、父の勧めと励ましによって改めて幼稚園に永久就職を決意したこととなっております。 たしかに... -
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この道50年──第5章 二つの墓標
公開日 : 2010年8月5日 / 更新日 : 2023年3月20日 この道50年 / 遺稿集 すべり山にて 小さなまる 朝のお迎えの途中でした。 「先生、あんなあ、マコちゃんのお母さん、マコちゃんが『お母ちゃん!」いうて呼ばはっても、もう、返事しやはら... -
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この道50年──第6章 わが闘病記
この道50年 / 遺稿集 疲労の大掃除 「今やから言うけどな。陰ではみんな、育たんやろ言うて噂してたんやで」 幼児期に大病を患ったおかげで、桁(けた)外れの発育不良の状態が続いたため、近所の人達からはそう見られていたわたしも、その後は次第に体調... -
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この道50年──第7章 一〇周年と五〇周年
この道50年 / 遺稿集 通過点の一日 一九〇〇年代最後の年九九年が、当園の創立五〇周年の年度に当たる。創立記念日は二〇〇〇年代初頭の二月一一日という、どちらも切れ目の年である。 五〇周年といえば、どの企業、どの学校においても当然、記念式典、記... -
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この道50年──第8章 遊びこそ勉強
この道50年 / 遺稿集 幼児期に遊ぶことの意味 「お宅の幼稚園では、主に、どんなことを教えておられますか?」 毎年、入園申し込みシ-ズンになると、こんな質問を多く受けます。それに対して、 -わたしどもの園では、特に何を教えるということは致してお... -
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この道50年──第9章 歩くことの楽しさ
この道50年 / 遺稿集 「ヒト」は歩くことによって「人」となる “「ヒト」は歩くことによって「人」となる”といわれています。その考え方からしますと、歩くことを忘れた現代人は、これから先、だんだん「人」から遠のいていくように思われてなりません。い...
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