年長の劇についてですが、原作を一部手直ししたところがありました。
第一場面で、メイ子先生が「ゆうびんやさん、いまのせつめいでよくわかりましたか?」と尋ねますと、原作では「わかったような、わからないような(苦笑)」と曖昧に返事をします。りすお君の説明が子どもの舌足らずな説明であり、大人の目から見るとたよりない、という流れを受けています。
そこに園長先生が現れ、「ミミズクの森にちょうど会議ででかけるところなので、一緒についていって私が場所を教えましょう」と展開していきます。
郵便屋さんが感謝するのは、親切な園長先生に対してであり、りすお君は親切であったが、説明が不十分であったということになります。
郵便屋さんにとって、りすお君の説明は感謝すべきものであり、メイ子先生に「はい、たすかりました。あとは二人で何とか探します。」と答えます。
この言葉に応じて、園児たちは「郵便屋さん、がんばってね」、「今度は私たちの手紙をコンちゃんに届けてね」と言葉をかけます。
「ああいって、こういって、まっすぐいって、みぎへまがって・・・」という、りすお君の一生懸命な説明は、こうして立派にお役に立った形になります。
私は、基本的に「うさぎとかめ」などの勧善懲悪型の劇は好みではなく、今回のような登場人物の全員が善人であるような(「かさじぞう」もそうですね)、そういう劇こそ子どもが生まれて初めて劇をするには、ふさわしいと考えています。
今回の「うさぎのゆうびんや」は、そういった意味で、私も大好きな作品ですが(一郎先生が現役最後の年の劇でもあります)、舞台に園長先生という大人が出てきて、道案内の問題を安易に解決する展開はどうかと思ったのでした(考えすぎかも知れません)。
天国の父も、「一本やられたな」とにっこり笑って言ってくれるとよいのですが。