年末に当たり、メモ書きを読み返しておりました。

細かい話を抜きにすると、幼稚園で接する子どもたちは、次の三つの姿を見せます。
1つ、大人のようにがんばる姿。(努力)
2つ、子どもらしくたのしむ姿。(喜び)
3つ、駄々をこね、ふざける姿。(甘え)

教育のねらいは、1と2を守り育てること(理性、知性、感性)。3の姿は1と2の経験の不足。3を許すことは教育ではない。目標とする像。「好きなことを見つけ、喜びを持って努力する。」

「三つ子の魂百まで」という言葉がありますが、司馬遼太郎氏は、この言葉に関してエッセイを残していて、その中で、子どもの「ほたえる姿」について正すべき、という趣旨のことを書いておられたと記憶します。

「ほたえる姿」とは、私が上で示す、3の姿のことです。司馬氏は、もちろん1と2に見られる「三つ子の魂」を尊ぶわけで、その点、私も同じです。

大人でありながら、1と2を後回しにし、子どものように(=悪い意味で)3を繰り返す人も少なくない世の中です。

子どもは「この人は3を許すかどうか」を試します。わざと気を引くためにしてはいけないことを「ちょっと」やってみたり、等。

3のバリエーションとして、「できない、やりたくない」と口にし、ネガティブな表現や態度を表に出します。

大人が1(努力)を強調しすぎると(=大人が成果を求めてせっかちになりすぎると)、3の態度がよく見られます。

子どもの心の奥にある「本当は1と2を目指したいが、自信がなくて3でぐずぐずしている」本心をしっかり見極め、適切な応援(=励まし)を行うのが「教育」だと思います。

3に際し、その本心を見定めないまま、「(強く)励ます」or 「叱る」のが常に答えとは限らず、むしろそうした場合、本人との心の距離が離れる懸念があります。

大人自身、3を遠ざけ、子どものように(=良い意味での子どものように童心に戻って)1と2を実践できれば、子どもの本心に気づくのは難しいことではありません。

また、子どもはそういう大人には心を開き、自ら3を遠ざけ、1と2を大事にできるようになります。

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