「啐啄の機」(そったくのき)という言葉があります。卵の中のひな鳥が外に出ようとして殻をつつき、親鳥もそれに呼応して外から殻をつつきます。そのタイミングが絶妙に一致することを表す言葉です。未知の世界に飛び込み、自立の一歩を踏み出すことへのためらいは、大なり小なり誰にでもあります。幼児の側にその気持が強いと「お母さん、ついてきてー」となります。逆に、子どもが特に求めていないのに、「私がいないとこの子はだめ」と親が思い込み、どんなことにも子どもの要求にこたえていると、子どもは甘えて登園を渋ることがあります。親子の息がぴったり合えば、笑顔で登園できるというわけです。

子どもが登園を渋るかどうかは入園しないとわかりません。経験上言えることは、「もしもダメだったら、幼稚園までついていってあげるからね」という言葉は禁句だということです。「ついていってあげる」は、耳当たりのよい言葉ですが、「この子はついていかないとだめだろう」という親の本音が見え隠れします。子どもは「自分は信じてもらえていない」と思うかもしれません。すると「期待」(?)にこたえてぐずります。

大人同士なら「仮定の話をしているだけだ」と言い訳できますが、3歳の子どもに「もしも」の条件文の意味は理解できません。「あなたはダメだ」と、「お母さんは幼稚園までついていく」という情報しか伝わりません。どちらも一番伝えたくないメッセージです。では、その逆の言い方は何でしょうか。私なら「一人で幼稚園にいけるって、いいね」と羨ましそうに言うでしょう。この場合、「あなたは一人で幼稚園に行く」というフレーズと、「あなたはいいね」というポジティブなメッセージが心地よく耳に届きます。

入園前には様々な準備が必要ですが、たとえば子どもの前で保育用品に名前を書きながら、今述べた「いいね」の言葉をさりげなくはさむと効果的です。「まあすてきなお絵描き帳ね。お母さんが○○ちゃんの代わりに幼稚園にいきたいくらいよ。いいね」といった具合にです。

子どもであれ大人であれ、人間は暗示に弱い生き物です。幼児との会話を通じて、ポジティブな表現を日頃から意識すると、親子関係だけでなく、大人同士の人間関係にもプラスの影響が出るでしょう。言葉の工夫によって、日頃から子どもの周囲を明るい空気で包むなら、「よし、やろう!」という気持ちを子どもから引き出すことができます。「啐啄の機」に際し、親が前向きな言葉をかけることで、子どもが「公の人」として外の世界で活躍できるように導くことができるのです。

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