昔の手帳のメモを紹介します。
面白いものなら目の前にいつもある。役に立つかどうかはわからない。子どもが夢中になって遊んでいる様子をじっと見ているとそういうことを思う。そして大人である自分の目の前にも本当は面白いことを経験するチャンスがいっぱい夢のように広がっている。
これをもとに、以下のエントリーを書きました。
時代の風潮は(正確に言えば日本の風潮は)、人為的に作られた「流行」を追うようにせきたてられる傾向を有するので、ぼーっとしていると(否、狭い範囲でまじめに考えるとかえって)教育にせよ、学問にせよ、本質を見失う恐れがあります。
「論語」に、「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」とあります。
今の日本で、「楽しむ」という言葉はどれだけポジティブに受け止められているでしょうか。
学校の勉強にせよ、社会の仕事の現場にせよ、「楽しむ」より「苦しむ」ことが標準になっているようです。そして、「楽しむ」時間というのは、後ろめたい時間のような錯覚がただよいます。
子どもたちが、そして大人たちが苦しみに耐えることで、何かが成り立つのか、あるいはその逆なのか。私は孔子にならって、「万事楽しむべし」と言いたいと思います。
その態度の総体が国の文化を高めると思うからです。
Disce libens. 楽しく学べ!
山の学校のモットーです。
お手本は幼稚園の子どもたち。
「子ども」とは「小さい存在」ではなく、古代ローマの言葉では、「自由な人間」の別名でした。