今年の「絵本通信」で書いた記事を再掲します。
『絵本と共に語らいを』――親子で紡ぐ幸福の原体験
『万葉集』に「銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも」(山上憶良)という歌があります。どれだけ社会が変化し、多忙を極めても、親が子にそそぐ眼差しの基本は、今も昔も変わりません。
幼児は親に何を求めているのでしょうか。大人が思う以上にささやかなものだと思います。保護者会等で「絵本の読み聞かせが大切である」ということを繰り返しお伝えしてきましたが、大事なことは、本を通じて、親子が「いっしょに楽しいひとときを過ごす」点にあります。そうであれば、かりに絵本がなくても、別の楽しみの道を見出すことはいくらでも可能です。
「ものより思い出」という言葉がありますが、ささやかなことの実践に、子どもの幸福の原体験は宿ります。例えば、園で習ってきた歌を親子で口ずさんだり、親の子ども時代の思い出の曲を子どもに披露すれば楽しい時間が過ごせます。折にふれて家族の思い出の写真やビデオを一緒に見れば話も弾むでしょう。一歩進んで親の子ども時代の写真を見れば家じゅうが幸せな空気に包まれます。ちょっとした機会を作って、一緒に手をつないで散歩することも、親子で料理を作ることも、子どもは何であれ親と「一緒の時間を過ごす」ことが大好きです。
子どもは「しりとり」も大好きです。親であれば、子どもに「しりとりしよー」と言われた経験のある人は多いと思います。いつもでなくてよいのですが、何回かに一回は「本気」でつきあってください。公園で子どもとかけっこをするとき、たまに本気で走って見せるようなものです。
子どもとしりとりをするのはけっこう大変です。自分独自のルールにこだわる子どももいます(しりとりは名詞が基本ですが、動詞でもよいと言い張ったり)。そのあたりは軌道修正を入れながら、できるだけ和やかに楽しくやりとりができればと思います。車や電車でどこかに出掛けるとき、「しりとりしよー」と言われたらチャンス到来と思えばよく、子どもから「やろー」と言われるうちが花、とも言えます。
目的地に着くまで、または、子どもが先に飽きるまで、と心に決めて応じます。現実的な話になりますが、しりとりを日常的に行えば、子どもの語彙は確実に増えます。無料の早期教育と言えるでしょう。私は幼稚園という集団教育を行う場における早期教育には懐疑的ですが、家庭でのそれに対しては肯定的です。
子どもの興味や好奇心にはどこまでも誠実に、かつ、真剣に付き合うこと。これが家庭教育のコツだと考えています。ほかならない親にとっても幸福の原点になります。この土台作りがあってこそ、寝る前の「絵本の読み聞かせ」がいっそう深い意味を持つのでしょう。