参観日では年長児の保護者に俳句の取り組みをご覧いただきました。
子どもたちの背中しか見えないので想像していただくほかないのですが、子どもたちの両目はしっかり前を向き、大きな口を開けて言葉を発しています。
一人よそ見をしても、全体の声量がしっかり出ているとその一人のよそ見に気づかないので、私はひとり一人順番にお顔を見るようにしています。
声を合わせるときよい姿勢で取り組めても、私が俳句の内容について少し説明を始めると姿勢が崩れる場合もあります。
10分間集中を続けることは難しいことです。
私は自分の今のやり方だと、一回10分程度、週に二回がよいところだと思っています。
当日はいくつか子どもたちの俳句も紹介しましたが、園では俳句作りを無理に奨励したりはしていません。
自作の俳句の提出は課題ではなく、言葉遊びの延長でとらえています。
毎年、一年間未提出のお子さんの方が数としては過半数です。
自由遊びで逆上がりに挑戦してもよし、しなくてもよい、というのを同じ感覚です。
俳句の時間を通じ、年間かなりの数の古典作品に接します。
そのことに意義があります。
声をそろえ繰り返し唱えることで、知らず知らずのうちに5・7・5のリズムが身につきます。
集中して取り組むことのすがすがしい気持ちも大事にしたいです。
それで十分だと思います。
続けるには無理をしないで楽しむことが何よりです。
芭蕉や一茶、蕪村の俳句を何度も声に出して親しみながら、一方で、俳句を作ることに挑戦したり、友達の作品に耳で触れて感心したり、etc.
そうした形で、集中して先生の話を聞くことや、言葉の奥深い世界にふれて何かを感じ取る経験が自然に積み重ねることができればよいと考えています。
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