ミヒャエル・エンデに『モモ』という作品があります。

その中に次の有名な言葉があります。

時間とはいのちなのです。そしていのちは心の中に宿っているのです。そして、人間がそれを節約しようとすればするほど、ますますいのちはやせ細っていくのです。 『モモ』

「時間を節約することは正しい」というのが今の世の常識のようです。

果たしてそれはどうなのか、という問題提起を作者はこの作品を通じて行っています。

古今東西普遍の問題のようです。

二千年前のローマの哲人セネカの『人生の短さについて』の中で、同じテーマが扱われています。『モモ』はその主題を引き継いでいます。

セネカの作品のタイトルは、人生は短いという主張を行っているように勘違いしますが、じつはその逆です。

人間がコストパフォーマンス、タイムパフォーマンスにこだわる生き方をすればするほど、人生はやせ細る、その結果短く感じるようになる、という逆説を説いています。

『モモ』の中では灰色の紳士が登場し、コスパ、タイパのよい生き方を勧めます。

エンデがそれを否定しているのは明らかです。

ではどうすればよいのか、具体的なことをもう少し知りたい、という方はセネカの作品の後半をお読みください。

今の日本の教育がもっとも軽視している分野について、光を投げかけています(と私は受け取ります)。

『モモ』は小学生から読めます。

読んだことのある人は再読を、読んだことのない方はぜひ一読をお勧めします。

ちなみに、山の学校では中学生が先生と一緒にこの作品を音読し、意見交換しながら丁寧に読み進めています。

セネカの作品は、岩波文庫から旧版と新版の二種類が出ています。

どちらで読んでも結論は同じですが、読みやすさは旧版が新版を上回ります。

私は大学時代、旧版を読み西洋古典を学ぶ決意を固めました。

<追記>
セネカの『人生の短さについて』から引用します。

誰もが現在あるものに倦怠感を覚えて生を先へ先へと急がせ、未来への憧れにあくせくするのである。だが、時間を残らず自分の用のためにだけ使い、一日一日を、あたかもそれが最後の日ででもあるかのようにして管理する者は、明日を待ち望むこともなく、明日を恐れることもない。(セネカ、大西英文訳)

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