先週の日曜日は父親参観日でした。そこで、一郎先生のエッセイを御紹介しました(「幼な子へ贈る父の遺言状」)。一期一会といいますが、子どもにもいつかわかる日がくると信じて、語るべきことを心にまとめ(可能なら文にまとめ)ておくとよいかもしれません。その言葉は、けっして「あそこに合格せよ」とか「どこどこに就職せよ」というメッセージにはならないように思います。
幼な子へ贈る父の遺言状
ほとんど十数年ぶりに、卒園児のK君が幼稚園を訪ねてきてくれました。彼の父親は消防士で、彼が5才のとき、二人の子どもを救うために猛火の中へ飛び込み、一人は助け出したのですが火勢が強く、もう一人を助けに入ったとき、力尽きて殉職しました。
それ以来今日まで、彼は、母一人子一人の家庭で育ってきたのです。
久しぶりに会ってみて、彼が、清々しい爽やかな青年に成長しているのに、私は思わず感動を覚えました。両親が揃っていてさえ、崩れた少年の多い昨今、母一人子一人で良くぞ見事に成長してくれたと、彼と、彼の母親に感謝したい気持ちでいっぱいでした。
彼は話のついでに、こんなことをポツリと洩らしてくれました。
「ぼくの父は生前から、ぼくに遺言状を書いていたのです」
これには驚きました。彼の父親が亡くなったのは、恐らく30才前後のことでしょう。その若さで、わずか5才の息子に遺言状を書いていたというのです。
“お父さんは、いい加減な気持ちで消防士になってはいない。いつ、火の中で命を失うかも知れない。だから、今から言っておく。Kも大きくなったら、どんな仕事でもいい、人のお役に立つことに、責任と誇りを持って真剣に取り組んでほしい。お母さんを大切にして、悔いのない人生を歩んで下さい”
この遺言状は、彼が中学生になった日の入学式当日、母親から手渡されました。
「ぼくは、この父の言葉をいつも心の中で温めていて、何かあると、父ならこんなときどうするだろう?と問いかけながら、ぼくの取るべき道を決めてきました」
K君の母親は、彼の幼少期から今日に至るまで、折りに触れ、生前の父親の考え方や生きざまを熱く語りながら、彼を励まし続けてきたということです。
彼には父親はいなくとも、父親は常に彼の心のなかで生き続けています。義務感と責任感、正義と勇気、思いやりと感謝の気持ち、それらをいっぱい身につけて、彼はきっと、父親の期待に沿った、立派な社会人となってくれることでしょう。