今日は芭蕉の俳句三回目でした。
発表できる人には手を挙げてもらい、指名して発表してもらいました。
続いて、私が日頃大事に思っていることを子どもたちにお話ししました。
それは「初心忘るべからず」ということです。
小学校に入学すると、ひらがなを学びます。
そのとき「知ってる!」と言わないでください、とお願いしました。
算数は「1+1=2」を最初に学びます。
これも答えを知っていても、「知ってる」と言わず、先生の説明をしっかり聞いてください。
俳句の時間、ドキドキしていた去年の四月。
今は、私がどんな俳句を紹介しても、最初から声をそろえて堂々と繰り返すことができます。
でも、みんなの前で一人で発表できるか?というと、最初はだれでもドキドキします。
それも、慣れてくると、ドキドキせずにできるようになります。
慣れるとドキドキが消えて、「そんな簡単なことぜんぜん平気」と思うようになります。
でも、それは自信であると同時に、初心を忘れていることでもあります。
劇も同じです。もうセリフを覚えた、皆の前で発表できる、もうやることはない、と思っても、やることはまだまだたくさんあります。
それを探し、それができるようになることを、「挑戦する」といいます。
学校の勉強も俳句と同じで、「初心忘るべからず」とは、この「挑戦の気持ちは忘れない」ということです。
俳句を例にとりましょう。「うめさいてよろこぶとりのけしきかな ばしょう」と言えるようになった人、ひらがなを知っていると思っている人は、その俳句の言葉を白い紙にゆっくりていねいに書いてみてはどうでしょうか。
それは今すぐやらなくてもよいです。挑戦のひとつの例です。
ひらがながすらすらかける人は、習字で字を丁寧に美しく書く「挑戦」もあります。
劇もみな、大きな声で発表できています。
もし「やることはない」と思う人がいたら、たとえば、覚えた言葉をゆっくり白い紙に書いてみて下さい。おうちのひとが、それで合っているかどうか、教えて下さるでしょう。
今日は発表に挑戦したお友達が、途中でうっかり間違える例がありましたが、誰も「違う!」と声をあげてたしなめたり、笑ったりせず、私とそのお友達とのやりとり(=もう一度正しい言葉を伝え、最初から繰り返してもらいました)を黙って静かに見守りました。
私は全員のその態度を立派だったとほめ、小学校に上がっても、友達の失敗を笑ったり絶対にしないでほしいとお願いしました(釈迦に説法かもしれませんが)。
その自分の言葉にスイッチがはいり、上で述べたような小学校の勉強の話をした次第です。
お山の石段が空に向かって続くように、卒園する子どもたちが、今の純粋な気持ちを忘れず、学びの一歩一歩をゆっくり着実に登ってほしいと願ってやみません。
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