2026-02-14 昨日の教育講演会でお話ししたこと(要旨)

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昨日の講演会はiPhoneで録音しました。
テープ起こしをしたファイルを次のようにまとめました。
90分の内容の要旨なので余談等の内容を大幅に割愛しています。

教育講演会

皆さん、おはようございます。これより会を始めます。

本日の教育講演会は、「私がこうだと信じていること」を押しつける場ではありません。幼稚園でこれまで多くの保護者の方と面談し、またお子さんが中学・高校・大学へ進まれた後に「これをやってよかった」「助かった」と振り返ってくださる声をたくさん伺ってきました。そうした経験を踏まえて、いまこの時期にできそうな工夫を、いくつか ヒント の形でお伝えします。
「どれが正しい」「こうしないやり方は改めるべき」という趣旨ではまったくありません。ご家庭に合いそうなものを選び取っていただければと思います。

1. 「勉強しなさい」と言ってしまう——それ自体を責めすぎない

保護者の方からよくいただく相談に、「勉強しなさいと、つい言ってしまう」というものがあります。
親たるもの、誰もが通る道です。
むしろ子どもから見れば、親が自分の学びに関心を向けてくれている、という裏返しでもあります。
今は「勉強しなさい」と声をかけてもらえるような時間すら持てない子が増えているようにも感じます。ですから「言ってしまう」ことを過度に責めなくていい。ただし、言ったあとに「後味が悪い」「言い放ってしまった」と感じるからこそ、別のやり方もあるのではないか——今日はその話です。

2. まず「最初の5分」だけ寄り添う

ここで言う「5分」は、文字どおりの時間ではなく、「ほんの短い時間」 という意味です。

物事はどんなことでも「最初の第一歩」が一番難しい。
たとえば、幼稚園のバレー部を例にとると、入るかどうか悩んでいる時間は長いのに、いざ申し込み、初回の練習を終えると、2回目・3回目は意外と続きやすい。

勉強も似ています。小学校から帰ってきて「まず教科書を開く」「最初の1問に手をつける」——そこさえ越えれば、案外そのまま進むことが多いのです。
夏休みの宿題が「そのうちに…」でお盆を過ぎてしまうのも、結局は第一歩が出ないからです。

だから、長時間つきっきりで見る必要はありません。最初の5分だけ一緒に過ごすのがコツ。
「へえ、こんなことやってるんだ」「結構むずかしいことに取り組んでるんだね」と声をかける。すると子どもは胸を張ります。幼稚園でも「見て見て!」と鉄棒や逆上がりを見せたがるのは、まさに「認めてほしい」気持ちの表れです。

大事なのは、ここで “先生”になりすぎない ことです。
親切心から「ここ間違ってる」「こうやって解く」と言いたくなります。しかし、そこまで立ち入ると子どものプライドに触れやすい。もちろん本当に困って助けを求めているときは別です。結局はTPOですが、最初の5分は「寄り添う」に徹する——これが一つのコツです。

3. 「やりなさい」より「一緒にやろう」

「勉強しなさい」という命令形より、「一緒にやろう」という呼びかけに変えるだけで、空気が変わります。

小学校の勉強なら、親も一緒に同じ問題を解くことができます。速さを見せつける必要はありません。「鉛筆を動かす姿勢」を見せるだけでも、子どもは安心します。

理想を言えば、子どもが一人で個室にこもるより、リビングで、親が家事をしながら同じ場を共有するほうが続きやすい。
「私は(仕事で / 家事で)忙しい。勉強はあなたの仕事。あなたは自分の部屋でやりなさい」では、理屈が通っていても、子どもには少し寂しさが残ります。

4. 義務ではなく、喜びとして「共感」する

褒め言葉は色々ありますが、テクニックとして繰り出すと空回りします。
根っこにあるべきは「この子は一歩一歩努力している」というリスペクトです。それがあれば、「よく頑張ってるね」のまなざし・言葉は自然に出てきます。

赤ちゃんを思い出してください。赤ちゃんはもがいて、いつか歩きます。私たちは「歩きなさい」と声をかけ、何度も手をとって歩かせる訓練を施しません。
自然に導かれ、自ずとそうなる過程を見守るのみです。
勉強だけが、なぜか「急がせたくなるテーマ」になりがちです。以下は、そこを少し軌道修正したい、という話です。

5. しりとり・なぞなぞ・制作——「本気で付き合う日」を一度つくる

日常に子どもと共感できるチャンスはたくさんあります。しりとりやなぞなぞを子どもが言い出すと、大人はつい「またか」となりがちです。けれども、毎日全力で付き合うのは現実的に無理でも、どこかで一度、意を決して「とことん付き合う日」をつくると、子どもは満足します。キャッチボールや相撲、なんでもよいです。子どもは大人の本気を肌で感じると安心し、向上心がくすぐられます。

制作(工作)についても同じです。「作るのはいいが片付けができない」という相談は多いです。
ここでの工夫は、親も制作に入り込むことです(毎回である必要はない)。共同作業なら片付けも共同作業になります。一緒に作業を共有できたら、「(片づけは嫌だ)お父さんがやって」とは言いません。「(一緒に作ったから)一緒に片付けよう」という言葉を素直に受け入れます。

6. 「没入」は永遠には続かない——だから可能な範囲で寄り添う

ある子がクワガタに夢中になり、家にケースが増えて困った、という話があります。
ところが、そのご家庭は「家ぐるみ」で寄り添っていました。結果として、子ども自身が「これはまずい」と生活環境を考え、幼稚園の小さい子に分ける会を開き、20分ほど自分で発表もしました。
(→このときの一部始終が写真と解説付きでIkuko Diaryにあります。>>“クワガタの集い”ふりかえって🔍🧢🐛 (卒園児 祐(たすく)くん[小学4年生]によるお話とプレゼント🎁)7/20(水)記録

ここで言いたいのは、「いまの没入は永遠には続かない」(線香花火や季節の花のようにはかない)ということです。
だからこそ「いまの没入」に可能な範囲で寄り添っていただきたいと願います。
スポーツでも音楽でも、子どもの「没入」を尊重し、親がその第一の応援団長であってほしい。親の真摯なまなざしも含め、子どもに貴重な経験として残ります。

7. 勝ち負けのある遊びは「負け方」を学ぶ舞台にもなる

トランプ、オセロ、将棋などは勝ち負けがあります。負けず嫌いの子は泣くこともあります。
大人が手加減しないと負ける。でも、それでも「もう一回やって」と言う。ここに学びがあります。

山の学校の将棋道場での話ですが、ある子はどう見ても詰んでいる局面でも、負けを認めず30分動かなかった。勝っている相手は相手で、静かに待ち続ける。大人は介入したくなるが、そこで「見守る」という配慮も必要になります。
悔しさや涙を通って成長する部分がある。幼稚園・小学校の時代に、許される範囲でそういう経験を積むことも大切だと思います。

8. 絵本・読み聞かせ——「いましかできない投資」

絵本は定番ですが、子どもの成長にとって本当に大事な意味を有します。寝る前に「今日楽しかったことは何?」と振り返るご家庭もあります。「楽しいこと・うれしいこと」を反芻して明日につなぐ。その工夫はとてもよいと思います。

読み聞かせは永遠にできません。今しかできないことは明らかです。
10年後、大学生になったお子さんに、寝る前の絵本を読むことは現実的ではありません。だからこそ、いま、今日この一日、「大事な一冊」を心を込めて読む。将来、その子が自分の子に同じ本を読む——そんな本が一冊でもあれば、素敵なことです。

また、読み聞かせは小学校に上がってからの「音読の差」にもつながります。
国語で教科書を読ませると、すらすら読める子とたどたどしい子に分かれる。生まれつきではなく、幼少期から文字と言葉にどれだけ親しんだかが影響していると私は思います。

9. 「山登り」のたとえ——隣に立つ

子どもと山を登るとき、親がさっさと先に登る人はいません。手をつないで一緒に登る。

子どもが途中でしゃがむのは、ダンゴムシを見つけているのかもしれない。落ち葉を拾っているのかもしれない。隣にいれば「今この子はこういう世界を見ている」と理解できる。親の立ち位置が子どもよりずいぶん前にあれば、「しゃがんでいる」だけにしか見えず、「早く来なさい」と言ってしまうかもしれない。
同じ移動でも、親の立ち位置が変わると、子どもの行動も親の心情も大きく変わります。勉強も同じです。

10. 価値観の話——家の中で方向を合わせる

価値観に正解はありません。AI時代に入り、何が正しいかはますます混迷しています。
だからこそ、家庭の中で、できればご夫婦で方向を合わせることが大切です。「お父さんはこう言うけど、お母さんは違う」と揺れるより、軸があるほうが子どもは安心します。

受験を選ぶのも一つの価値観。受験と距離を置き「楽しく学ぶ」を大切にするのも一つの価値観。どちらにも利点とリスクがあります。
受験をするなら家ぐるみの覚悟が要る。燃え尽き(リバウンド)のリスクもある。一方で後半勝負(中学受験はせず高校、大学の受験で勝負)という考え方にも合理性はある。
いずれにせよ、家庭としてのぶれない見通しを持つ必要はあるでしょう。

11. 学校の評価と家庭の評価——「二段軸」をつくる

学校の評価は学校の評価として(よくても悪くても)受け止める。
一方で、家庭では家庭の評価軸を持つ。これがないと、万事学校任せになってしまいます。

テストが50点でも90点でも、その数字は子どもの学びの本質を照らすものとはいえません。
悪い点で発奮するかもしれないし、良い点で油断し失速することもありえます。
大切なのは「できなかったことが、できるようになった」(という喜びの経験)と「昨日の自分に打ち勝とう」とする克己心です。
他人と比べて「1点上だから偉い」ではなく、自分の伸びを大切にする態度。これが「学びの競争社会」で平静を保つ最大のコツです。

12. 英語について——「耳だけ」では足りない(家庭での具体策)

(ここからは具体論として、英語の話に入ります。)

小学校高学年の英語教科書は、内容が難しくなっています。たとえば最初のほうから What subject do you like? のような文が出てくる。会話として耳で馴染んでいても、綴りを書くとなると別問題です。

現状、子どもたちは「聞いたことはある」けれど、綴りが書けない。
試しに one, two, three… と書かせると、three の th が難しくて s を書いてしまう。これは能力の問題ではなく、「やっていない」からです。

そこでお勧めは、教科書の活字を見ながら、正確に写す練習(筆写) を家庭で支えることです。
子どもは必ず間違えます。この間違いを尊い努力の足跡と認めることが何より大切。家庭学習は、子どもの自尊心を守る配慮がないと成立しません。
間違いは向上のチャンスです。そこで頭から水をかけるように否定すると、次から何もやらなくなります。

学校は30人を1人で見るので、全員のつまずきを丁寧に拾うのは難しい。だから家庭でこそ支えられる部分が大きく、貴重です。
(学校批判ではなく、システムとしての役割分担の話です。)

13. 数学について——階段構造だからこそ、基礎が力になる

数学は階段構造です。足し算より先に割り算はできない。
計算が確実にできる力は、ごまかしが効きません。だからこそ、基礎を丁寧に積むことが大切です。
そして数学は、世界が違っても共有できる「ルール」でもあります。グローバルな時代だからこそ、論理の訓練としての数学はますます重要になると思います。

14. 好奇心を守る——AI時代に残るもの

知識で勝負する時代ではなくなっていくかもしれません。
そのとき残るのは「好奇心」ではないでしょうか。自分で課題を立て、自分で確かめたいと思う力。虹が出たら見に行きたくなる心。自然の息遣いに反応する感性。
人間は「人材」ではありません。人間が「人間」であることを自覚し、喜怒哀楽を表現し、過去の英知に共感し、未来の洞察を得ようと努める。
古今東西人類はそうしてきたし、これからもそうするのでしょう。

結び

今日は答えのない話を多くしました。
ただ、20年以上幼稚園で園長として、保護者の皆さんとお話を重ねる中で、「こういう工夫は役に立ちやすい」というものをお伝えしました。

最後に、私は「共感」——それも、言葉を通じた共感が、親子関係の接着剤・潤滑油になると思っています。忙しいとつい後回しになりますが、時々でいいので「今日は本気で聞く」「今日は本気で付き合う」という時間を持っていただけたらと思います。

本日はありがとうございました。これで終わります。

質疑応答(要旨)

質問
学ぶことは一緒に楽しみたいが、子どもが「失敗」を嫌がり、失敗しそうだと途中で切り上げる様子がある。将棋で負けて大泣きすることもある。どう声をかければよいか。

回答(要旨)
勝負事が好きな子もいれば、距離を置きたいと本能的に感じる子もいる。成長の過程でその感じ方にも変化が必ず訪れる。
好きなものを話すとき、子どもは生き生きしている。それを親に素直に語れる場が確保されていることが大切。お母さんがニコニコ聞いてくれるという信頼・安心が、子どもにとって成長の核になる。
外圧(学校での評価など)が強くなる時期が来ても、その関係が続いていれば大きな支えになる。
子どもが「自分で選んだもの」に没頭することは、幼い時は微笑ましく見えても、また、それを見守り続ける行為がどれだけ平凡過ぎて頼りなく思えても、年齢が上がるにつれ、それが親子の絆にとってどれだけ大きな意味を持つことか。お子さんの好奇心は守るべきで、今のままでよい。「ねえ、お母さん」の声を今までと変わらずよく聞いてあげてほしい。

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