「冬来たりなば春遠からじ」
この言葉は、イギリスの詩人シェリーが『西風に寄せる歌(Ode to the West Wind)』の中で綴った一節、
If Winter comes, can Spring be far behind?
に由来します。
厳しい冬のただ中にあっても、春は必ずその先にある、と言えます。
自然の理(ことわり)を通して、希望を語るこの言葉は、時代や国境を越えて私たちの胸に響きます。
幼稚園の庭の梅は満開を迎えています。春の到来を感じさせます。
冬のあいだ、静まり返っていた景色が確かに動いています。
それは劇的ではないけれど、確実で、揺るぎない変化です。
季節は、誰に命じられるでもなく、ただ巡ります。
写真家であり作家でもあった 星野道夫氏は、こんな言葉を残しています。
無窮の彼方へ流れゆく時を、めぐる季節で確かに感じることができる。
自然とは、何と粋な計らいをするのだろうと思う。
一年に一度、名残惜しく過ぎゆくものに、この世で何度めぐり会えるのか。
その回数を数えるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれない。
果てしなく流れていく時間は、ふだんはつかみどころがありません。
けれども、梅が咲き、やがて散り、桜がほころび、若葉が萌える、こうした繰り返しの中で、私たちは確かに「めぐる季節」を手に触れるように感じます。
同じように巡るはずの春も、まったく同じ春ではありません。
今年の梅は、今年しか咲きません。
「ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず」です。
だからこそ、季節の訪れは尊く感じられます。
同時に人の出会いと別れも、季節の廻りとともにあります。
カレンダーの上で、今年度も残すところひと月足らずとなりました。
一日いちにちをかみしめるように、過ごしていきたいと思います。

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